【クムガプラザは本当にある?】世運商街の歴史
こんにちは、テジです!
クムガプラザと言ったら、韓国ドラマファンの方はきっとピンとくる方も多いはず。
そう、ドラマ『ヴィンチェンツォ』の重要な舞台となった雑居ビルです。
これ、実は実在しているビルでソウルの鍾路というTHE中心部にあるので、ロケ地巡りにはもってこいの場所なのですが、ロケ地巡りもその場所に行く前にちょっと歴史を知っておくとより楽しめたりしますよね!
ということで、今回はそんなクムガプラザとして使われた実際の場所、世運商街(セウンサンガ)の歴史について紹介したいと思います。

そもそも世運商街ってどこ?

世運商街は、ソウルの中心部・鍾路にある朝鮮王室の歴代の王・王妃を祭った霊廟のすぐ南に位置していて、実はその下にも清渓商街、大林商街、進陽商街と計4つの商店街が長く続いています(上図の赤枠)。
クムガプラザとして使われたビルは、上図の矢印のところ、清渓川に面した場所にあって、世運商街が一番名が通っているので、世運商街と紹介していますが、実際は清渓商街にあたります。
この一帯はとにかくレトロの塊のような場所なので、『ヴィンチェンツォ』のロケ地巡り目的ではなくても、街歩き・レトロ好きの方であれば、ぜひこの4つの商店街に沿った街歩きはオススメです。
世運商街の歴史
起源と発展
1945年、第二次世界大戦末期に、ソウルへの空襲対策として、およそ今の4つの商店街がある区域に延焼遮断帯が設置される。
延焼遮断帯とは、つまり空き地のことで、何も置かないことで火災があった際の延焼防止になるということ。
しかし、戦後この空き地に多くの難民が無許可で仮小屋を建て、スラム街が形成されると、1960年代になり都市開発計画が浮上し、韓国初の住商複合施設『世運商街』が完成する。
下層階は電子部品や家電製品などの専門店、上層階は住居という当時は最高級の住商複合施設で、有名芸能人や官僚なども住むなど、韓国産業化の象徴と呼ばれた。
衰退
1980年代末はコンピューターや様々なソフトウェアのほとんどがここで取引されるなど、”韓国の秋葉原”や”韓国のシリコンバレー”と呼ばれた世運商街も、1990年代以降は、江南(カンナム)が新しい住居地としての地位を確立したり、龍山などに新しい類似の電子部品街などが出来たことから徐々に衰退の道を辿り、2000年代になると商店街の全面撤去と周辺地域の再開発が発表されます。
再生運動
しかし、2015年に始まったソウル市の都市再生事業であるタシ・セウン(再び世運)プロジェクトを通して、2017年にはメーカーシティーセウンとして蘇ることになります。
現在は、スタートアップ企業が入居していたり、歩行路に沿って若手デザイナーのアトリエ、ギャラリー、レコードショップ、カフェなども集まるなど、活気のある場になっています。
さいごに
いかがでしたでしょうか?
今回は、世運商街(セウンサンガ)の歴史について紹介してみました。
『ヴィンチェンツォ』のクムガプラザを知らない方でも、世運商街周辺は、レトロで新しい雰囲気が共存していて楽しい場なので、ぜひソウルに行く機会があればぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか?

